このシリーズは映画の中で、被写体として登場しているカメラにまつわる話をします。
Nothing’s gonna change my love for you, you oughta know by now how much I love you…
かわらぬ想い
私が初めて『マディソン郡の橋』を知ったのはこの主題曲がきっかけでした。「かわらぬ想い」と題したこの曲が映画で描いた連綿した深い愛をメロディーと化して、私の心に響きました。
映画を見終わったとき、私は理解できました。その想いをかわらぬようにしたのは写真です。
愛は思わぬときに訪れます。そのあまりの強烈さに人は酔いしれ、一緒にいる時間に止まることを強く願います。写真によって残されたその瞬間は断片的な想いでしかないが、幸せなあのときにタイムスリップする触媒にもなるでしょう。
そして、その写真を撮ったのは、数十年の歳月をたっても色褪せない名機、ニコンFです。
1995年クリント・イーストウッド監督、彼自身とメリル・ストリープが主演のこの恋愛映画はオーディエンスに忘れられぬ想いを残します。
『マディソン郡の橋』
二人の子供の母フランチェスカが天寿を全うして、なくなりました。火葬して、灰をローズマン橋に撒いてほしいという母の遺言に、二人の子供が戸惑います。なぜ父親と同じ場所に葬らないのかと疑問に思います。
遺品にある一本の鍵で母が残した収納箱を開けて、中にあったのは日記と写真です。それには平凡だと思っていた母の知られざる不倫の恋物語でした。
30年前、夏のある日、田舎農場で主婦のフランチェスカが夫と子供たちを見送ったのち、家事をし始めました。夫たちは4日間帰ってこない、フランチェスカはひとりぼっちでした。
ナショナルジオグラフィックのカメラマン、ロバートがローズマン橋を撮影するためこの地にやってきます。彼の首から何台ものニコンFが下がっていました。橋の場所を調べるため、彼はフランチェスカに出会います。
橋まで案内したフランチェスカは今までない衝動にとりつかれます。この日は事前調査の日で、翌日の撮影の準備が終わったロバートは道べで咲いている花を摘み取り、花束をフランチェスカにプレゼントします。
フランチェスカはロバートに夕食に誘います。各地に転々と旅回るロバートはフランチェスカと全く違う生活をしています。各地の見聞とユーモア溢れる話に心酔し、退屈な主婦生活から抜け出したい思いがフランチェスカの中で芽生えています。
翌日、ロバートを送ったフランチェスカは抑えきれない感情に囚われ、再びローズマン橋に赴きます。二人の間で恋の炎が燃え盛り、ロバートはフランチェスカの姿をカメラで捉えます。
二人はやがて結ばれます。が、4日の短い間しかありません。
フランチェスカは家庭を選んだのです。十字路でロバートの車と道をわかれて、フランチェスカの涙は止まりません。
十数年の歳月が経て、フランチェスカのもとにロバートの遺品が届きます。『永遠の4日間』の写真集が入っていたのです。
ニコンF
時代はレンジファインダーから一眼レフに流れていました。
ペンタプリズムで正像が見えるようになって、自動ミラーダウンでユーザビリティをさらに向上させました。もともと有利だったマクロや望遠の撮影を加えて、市場は一眼レフは認めたのです。
Exakta、コンタックス、ペンタックス、キャノンに続き、ニコンも一眼レフの開発に踏み切りました。そして、1959年、名機ニコンFが誕生したのです。
ニコンFのデザインは同時期開発のレンジファインダーのニコンSPと似ていて、ペンタプリズムが乗っかっているSPと言われるほどでした。極めて簡潔かつ力強い輪郭の持つニコンFは実に男らしいです。
1974年まで生産し続けたニコンFはいくつかのバージョンがあります。色にはブラックとシルバーの2種類で、ペンタプリズムファインダーには大きく分けてメーター非内蔵の初期型と内蔵の後期型があります。もっと細かい分類として、
- 初期型(1959-1974)
- Photomic(1962-1966):CDS測光
- Photomic T(1965-1966):TTL測光
- Photomic TN(1967-1968):TTL中央重点測光
- Photomic FTN(1968-1972):最大絞りとシャッタースピードの表示が追加された
があります。さらに、NASAの注文によって、アポロ15号に使うための宇宙用モデルも開発されて、一夜有名になりました。
ニコンFはその堅牢なボディによる優れた耐久性、豊富なレンズ、アクセサリー群とシステムとしての高い完成度から、プロのカメラマンの間で高い人気があります。
「ニコンFマニュアル」の記載によると、そのシャッターは10万回のテストを凌げて、実用耐久記録130万回を超えたとされています。耐寒温度も普通モデルでは-20〜25度で、耐寒仕様だと-40まで動作することができます。
ナショナルジオグラフィックのカメラマンであるロバートはそれが気に入ったでしょう。ローズマン橋を撮影するため持ち込んだ数台のニコンFはそれぞれ違うレンズがつけられて、待ちに待った最良の光の状況で、望んだ一枚を決して逃したくないでしょう。
ニコンFは一番長く使われるFマウントの始まりです。今日まで続いたFマウントは非常に膨大なレンズ群を生み出して、ニコンが根強い支持層を得られた理由でもあります。
ニコンFの特徴は
- 横走行機械式シャッター(初期は布幕、のちにチタニウムに変更)
- シャッタースピード:1〜1/1000s, T, B
- ファインダー視野率:100%
- サイズ:146.1 x 101.6 x 95.3 mm
- 重さ:1049g
- 連続撮影:モータードライバー装着で3コマ/s
操作など詳しく知りたい方はこちらの動画(英語)をみてください。
まとめ
物語の最後、母フランチェスカを理解した子供たちは、その遺言に従って、灰をローズマン橋の上から撒いたのです。
生きている間は家庭に尽くし、なくなったあと、その変わらぬ想いとともに、愛した人に捧げます。それはフランチェスカの一生で、『マディソン郡の橋』から見えた人間物語です。
ニコンFを持って各地を転々としたカメラマンは何人いるのでしょう。カメラがもたらしたのは写真だけではなく、邂逅、記憶、そして新しい体験です。
生産量の大きいニコンFは中古マーケットにもたくさん流れています。1万円くらいでも購入できて、コストパフォーマンスがかなりいいです。フィルム機械式カメラを入門するにはいい選択肢でしょう。
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